「危険」と「コミュニケーション」の『トライアル』
昨日、Bikeで美術館。
『バベルの塔』展
*上写真は、「本物の展示物(当館が作成したもの)」(館内で撮影OK)
*ハリーがスマフォで撮影。(モノホン写真)
『バベルの塔』は旧約聖書に記されている。
全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアル[3]の地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので。彼らは街づくりを取りやめた。その為に、この街はバベルと名付けられた。主がそこで、全地の言葉を乱し、そこから人を全地に散らされたからである。
「創世記」11章1-9節[4]
【Wikipe抜粋】
【ハリー流に要約】すると
『おごり高ぶった人間は、天(神がいる)まで、届くほどの塔を作ろうとした。それに激怒した神は、人間の言葉を散らし人間の傲慢を戒めた』
同じような内容は、旧約聖書の『アダムとイブ』が『ヘビの誘惑』にあい、『神のようになれる』とそそのかされ楽園から追放される。「人間の誘惑の弱さ」とともに「人間の傲慢さ」がここにもかい間みれる。
【ハリー流箴言】
『自分は神だ』と主張する人間は、「まやかし」と考えてほぼ間違いない。
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●本日のトライアルは、
「language(ラングウィッジ)言葉」を散らされた人間になったと仮定して(現在もそうだが)
「language(言葉)なし」で、『どこまで意志疎通できるか?』
●「絵(イラスト)」と「写真(実物&サンプル)」を利用
●出題は、「昨日のハリー」
つまり、「ジェスチャーゲームの絵」版。
では、スタート。
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④
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⑥-1
⑥-2
⑥-3
⑥-4
⑥-5
⑥-6
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12:00:11
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回答は次回。